お寺について

全性寺は貞享4年3月21日(1687年)、新田郡新田町の大慶寺第十五世 住職教寛の弟子で全性法印(舜祐和尚)によって開基されました。 真言宗豊山派で奈良県の長谷寺を総本山とするお寺です。 宮林山 全性寺(ぐうりんざん ぜんしょうじ)と読みます。 本堂に御本尊 大日如来をおまつりしております。 以前は毎年3月21日(開祖忌日)、12月12日興教大師に法会を、毎月24日にはお地蔵様の縁日が開かれており、参拝者で大変にぎやかであったと伝えられております。

本堂の内外陣の欄間彫刻は彫刻家亦八の作品で市指定重要文化財に指定されています。 また、ぼけ封じ関東三十三観音霊場 第十九番札所となっています。 境内にはぼけ封じ観音、水子観音、摩尼車などが立ち並びます。 春には白木蓮や桜の名木が境内を彩り、夏には樹木の緑に覆われ、秋には紅葉が楽しめます。 ぼけ封じの霊場巡りに、またお近くをお越しの際にはお参り下さい。

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欄間 彫刻家岸亦八について

全性寺の本堂の欄間は、山之神村(薮塚本町大字山之神)に住んでいた彫刻家岸亦八とその弟子太輔の作品で市指定重要文化財に認定されています。 岸一族は文化13年(1816)頃から4代にわたって山之神村に居住し、弘化四年(1847年)亦八が57歳頃に作った作品と言われております。 外陣欄間3枚(両面彫刻)と内陣欄間3枚からなり、中国の伝説等を題材にしています。

使用材は欅です。 寸法は、彫刻部が縦50cm×横147cm、欄間部が全長167cm×全幅72cmです。絵師は中村卓斎です。

岸亦八は旧姓渡邊亦八といい脇屋村(現太田市大字脇屋)の生まれです。 彫刻の修行後、山之神村の川岸左吉の養子になりました。 前橋藩の公儀奉行所に願い出て、弘化三年(1846年)に従六位下・岸大内蔵 藤原義富(きしおおくら ふじわらふくとみ)となり、前橋藩、館林藩などの公儀彫刻請負主となって活躍しました。 弟子には佐波郡淵名村の弥勒寺音八の名が知られています。 亦八は明治十年六月八日に八十六歳で死去しました。 欄間は当寺の檀那寺であったため奉納したとの伝えがあり、墓地も全性寺の近くに残されています。

岸亦八の作品は埼玉県や群馬県の各地に残されており、代表的なものに埼玉県大宮市の氷川神社、妻沼町の聖天様、群馬県桐生市の天満宮等が良く知られています。